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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)141号 判決 1999年3月30日

原告

清水勉

右訴訟代理人弁護士

谷合周三

児玉晃一

牛島聡美

高橋利明

牛島聡美

塚原英治

三田恵美子

佃克彦

土橋実

中野直樹

羽倉佐知子

堀敏明

横山渡

脇田康司

被告

東京都知事

青島幸男

右指定代理人

江原勲

外一名

主文

一  被告が原告に対して平成九年五月二七日付けで通知した公文書非開示決定のうち、出納長室保管に係る警視庁総務部企画課の平成七年度の随時の協議等の飲食費の支出に関する支出命令書、債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書並びに同課の同年度の管外出張旅費の支出に関する旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書の係る部分の取消しを求める訴えをいずれも却下する。

二  被告が原告に対して平成九年五月二七日付けで通知した公文書非開示決定のうち、警視庁総務部企画課の平成七年度の管外出張旅費の支出に関する支出命令書に係る部分につき、「支払形態」、「組織名、支出命令番号」、「年度」、「会計、款、項、目、節・細節」、「出納長室」、「精算整理番号」、「執行済」欄下「番号」の各欄、「金額」欄下方の欄に記載された支出件名、「金額」欄右方の欄の各記録及び「事業執行課」欄の課名の記録を開示しないとした部分を取り消す。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、四分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対して、平成九年五月二七日付けでした出納長室保管の係る警視庁総務部企画課の平成七年度の随時の協議等の飲食費の支出に関する支出命令書、債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書を開示しない旨の処分並びに同課の同年度の管外出張旅費の支出に関する支出命令書、旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書を開示しない旨の処分をいずれも取り消す。

第二  争いのない事実等

一  東京都公文書の開示等に関する条例(昭和五九年一〇月一日東京都条例第一〇九号。以下「本件条例」という。)等の規定

1  本件条例一条は、本件条例の目的が公文書の開示を請求する都民の権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定め、都民と都政との信頼関係を強化することなどにある旨を、本件条例二条一項は、地方自治法及び地方公営企業法等により独立して事務を管理する機関を列挙し、これを公文書の開示を実施する機関とし、その一つとして知事を掲げるが、公安委員会を掲げず、同条二項において、公文書の範囲を、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書等であって、実施機関において定めている事案決定手続又はこれに準ずる手続が終了し、実施機関が管理しているものと規定している。

2  本件条例三条は、本件条例一条に規定された公文書の開示を請求する都民の権利を十分に尊重することを本件条例の解釈、運用の指針とし、本件条例五条は、東京都の区域内に事務所又は事業所を有する個人は公文書の開示を請求することができる旨を規定し、本件条例七条四項は非開示の決定には理由を付記すべき旨を規定する。

3  本件条例九条は、所定の情報が含まれている文書を開示しないことができるものとして、その情報(非開示情報)を列記するが、その四号において、「開示することにより、人の生命、身体、財産又は社会的な地位の保護、犯罪の予防、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある情報」を、その八号において、「監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画その他実施機関が行う事務事業の関する情報であって、開示することにより、当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの、大学の教育若しくは研究の自由が損われるおそれがあるもの、関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの又は都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」を規定する。

なお、本件条例九条各号に該当する情報とそれ以外の情報が記録されている公文書において、右各情報の記録された部分を容易に分離することができ、かつ、その分離によって開示の請求の趣旨が損なわれることがないと認められるときは、本件条例九条各号に該当する情報に係る部分を除いて、公文書の開示をするものとされている(本件条例一〇条)。

二  東京都会計事務規則(昭和三九年東京都規則第八八号。以下「規則」という。)の規定等

警視庁に係る会計事務については、規則一〇条一項により、出納長の権限に属する事務の一部が警視庁・東京消防庁担当副出納長(以下「副出納長」という。)に委任されており、警視庁総務部企画課(以下「企画課」という。)に関する支出についての一般的な手続は、次の1ないし3のとおりであり、企画課職員に対する旅費の支出についての具体的な手続は4のとおりである。

1  収支命令者たる警視庁総務部会計課長(以下「会計課長」という。)は、当該支出の所属年度、支出科目、支出金額、債権者名及び印鑑の正誤並びに支出の内容が法令又は契約に違反する事実がないかどうかを調査し、支出命令書を発行するが、その際、債権者の請求書を添付すべきものとされ(規則四五条)、会計課長は、支出命令書を発行したときは、支出の内容及び経理を明らかにした決定文書(起案文書)その他の関係書類とともに、直ちに副出納長に送付する(規則五一条)。

2  副出納長は、送付された支出命令書に係る支出に関し予算措置がされているか、支出の内容が法令に反しないかなど、その内容を審査し(規則一三条)、審査終了後、債権者に支払をし、支払をするときは、債権者から領収書を徴するとともに支払証を交付する(規則五三条、五七条、六〇条)。

3  副出納長は、右審査の終了後、1記載の決定文書(起案文書)その他の関係書類に審査済の表示をして会計課長に返付し(規則五一条二項、二三条三項)、支出命令書、債権者の請求書(規則四五条)及び支払金口座振替依頼書(規則六一条)を執行月日ごとに整理して保管しなければならない(規則一一一条)。

4  企画課職員の出張は、旅行命令権者である企画課長の発する旅行命令によって行われる(職員の旅費に関する条例(昭和二六年東京都条例第七六号)四条一項)が、会計課長は、旅費支給日の五日前までに、旅行命令簿及び給与取扱者たる企画課庶務係長が出張する職員ごとに作成する旅費請求内訳書兼領収書を添付して、支出命令書を副出納長に送付し(規則五一条一項、八一条八項)、支出命令書を受領した副出納長は、その内容を審査した上、旅費を支給する日に企画課庶務係長に当該資金を前渡し、旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書等の関係書類に審査済の表示をして会計課長に返付し、支出命令書を整理して保管する(規則一三条、八一条六項、五一条二項、二三条三項、一一一条)。

5  支出命令書には、①受付年月日を記載した受付印が押印され、②「支払形態」の欄には現金等、支払の形態の区別が、③「組織名、支出命令番号」欄には所管局課及び支出命令番号が、④「年度」欄には当該支出の属する会計年度が、④表題部の左方余白及び「発行年月日」欄には当該支出命令書の発行年月日が、⑤「支払予定年月日」欄には当該支出の支払予定年月日が、⑥「会計、款、項、目、節・細節」欄には当該支出に関する予算科目及び会計コードが、⑦「金額」欄には当該支出命令に係る支出命令額が、⑧「金額」欄の右方欄には口座振込等の支払方法の区別とその件数が、⑨「債権者支払予定」欄には、場合により、当該支出命令に係る支出の支払予定期間が記載され、⑩「事業執行課」欄には課名及び担当職員の印影が、⑪「主管課(所)」欄には支出命令担当課の職員の印影が、⑫「出納長室」欄には副出納長室の担当職員の印影が、⑬「執行済」欄には番号及び執行日を表示した審査登録済であることを示す印影が、⑭「審査登録」欄には入力日を表示した審査登録済であることを示す印影が押印され、⑮「清算整理番号」欄にはそれに対応する番号が表示され、⑯「金額」欄の下方の記載欄には支出件名、請求金額、支出内容、請求及び領収の年月日、給与取扱者の氏名、支出命令額に対する予算残額が記載され、給与取扱者の印影が押印される(乙第七号証)。

三  本件に至る事実経過

1  原告は、東京都内に事務所を有する者であり、被告は、本件条例二条一項に規定する実施機関である。

2  原告は、平成九年五月一四日、被告に対して、「出納長室保管の警視庁企画課の九五年度の管外出張旅費・随時の協議等の飲食費の支出に関する一切の資料」とする公文書の開示を請求した(以下この請求を「本件開示請求」という。)。

なお、「随時の協議等の飲食費」とは、本件条例の運用指針として定められた「会議費に関する公文書の開示基準」(平成七年一〇月一三日制定、平成九年四月一一日改定)における会議費の三分類のうち、「個々の事業の円滑な推進を図るため、主として意思形成課程などにおいて、随時に協議、打合せ、情報交換等を行う際の飲食に要する経費」とされているものであることについては、当事者間に争いがない。

3  被告は、本件開示請求の対象となり得べき公文書のうち、管外出張旅費の支出に関する一切の資料を当該旅費に係る支出命令書、旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書と特定し、随時の協議等の飲食費の支出に関する一切の資料を当該支出に係る支出命令書、債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書と特定し、平成九年五月二七日付けで、平成七年度の管外出張旅費に関する公文書については本件条例九条四号及び同条八号に該当し、同年度の随時の協議等の飲食費の支出に関する公文書は存在しないとして、右各公文書をいずれも開示しない旨の決定(以下「本件決定」という。)をし、原告は、同月二八日、本件決定の通知を受領し、同年六月五日、本件訴えを提起した。

なお、管外出張旅費の支出に係る公文書のうち、旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書が既に提出者たる会計課長に返付されており、現に被告が保管しているものは、支出命令書(以下「本件旅費支出命令書」という。)のみであることは当事者間に争いがない。

第三  争点及びこれに関する当事者の主張

本件の争点は、本件開示請求の対象となり得べき公文書を被告が管理しているか否か及び右各文書に記載されている情報が本件条例所定の非開示事由に該当するか否かであるところ、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

一  被告

1  企画課の平成七年度の随時の協議等の飲食費の支出は存在せず、出納長室は、これに関する支出命令書、債権者の請求書及び支払金口座振替依頼書を保管していない。

また、出納長室は、企画課の同年度の管外出張旅費の支出に関する旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書を保管していない。

2  本件旅費支出命令書を公開しない理由は次のとおりである。

(一) 警察活動の公益性に照らして、警視庁がその責務を適切に遂行するためには、公益上必要な情報は、その存在を含めてすべてを秘匿できること及び捜査活動に関しては、捜査の着手、捜査の進展状況、捜査手法等のすべてを秘匿できることが必要である。また、当該情報の存否が明らかになることにより情報の秘匿性が損なわれ、捜査活動に支障を生ずるおそれがあるほか、当該情報を開示できない理由を告知することは、とりもなおさず捜査手法や証拠資料等を明らかにすることにもなりかねないから、その理由を明らかにすることもできないものである。そして、本件条例九条四号に規定する「人の生命、身体、財産又は社会的地位の保護」に関する情報の中には、開示することにより特定の個人の行動予定、家屋の構造等が明らかにされ、その結果これらの人々が犯罪の被害者となるおそれのある情報が含まれ、本件条例九条四号に規定する「公共の安全と秩序に支障が生ずるおそれがある」とは公共の安全と秩序の維持のための警察活動等が阻害され、若しくは適正に行われなくなり、又はその可能性があることをいう。

そして、本件旅費支出命令書は、会議出張に関するもの二枚、通信機器の配置、運用、修理等に関するもの二枚であるが、企画課の職員は、警視庁あるいは全国警察活動の活動方針、重点等の会議に参画し、また、警察の犯罪捜査、予防等に関する通信機器の設置、修理等に従事するものであり、本件旅費支出命令書に記載された出張もこれに関連したものである。そして、これらの活動は、いずれも警視庁等における多数の犯罪捜査、予防等の活動を前提とした上で、これを支援する等、捜査活動と密接に関連する活動である。これを管外で開催される会議についてみれば、他の道府県警察が会場等を選定して開催されるものであり、会議内容の性格上、会議内容の漏洩のないこと、会場の静穏の保持と円滑な議事運営に支障のないこと、会議出席者及び会場関係者の安全が確保されていることなどの条件を具備していることが必要であり、反復して同一施設を使用することが頻繁であるところ、本件旅費支出命令書を公開した場合には、警察の犯罪捜査、予防等の活動に関する情報を得ようとする者にとってその情報収集が可能となる。また、通信機器の設置、修理等についてみれば、本件旅費支出命令書を公開した場合には、通信機器の設置、運用状況に関する情報の収集が可能となり、警察活動に支障を及ぼすことになる。すなわち、本件旅費支出命令書を公開した場合には、支出の日に関する情報(受付印の日付、発行年月日、支払予定年月日、請求年月日、領収年月日、債権者支払予定期間、執行済印の日付、入力済印の日付)から管外出張の期日が具体的に明らかになり、支出内容の記載より、管外出張の目的、用務が具体的に明らかになり、これにより、一般人が新聞等から入手し得る情報と組み合わせることにより、捜査活動に関する状況が明らかとなり、その結果、公共の安全と秩序の維持に係る警察活動に支障が生ずることになる。

(二) 東京都公安委員会又は警視庁は、本件条例二条に実施機関として規定されていないから、警視庁が管理している文書は本件条例による開示の対象とはならない。

ところで、本件旅費支出命令書は、警察活動に直接又は間接に関わりを持つ情報であるから、このような情報が記載されている公文書の開示又は非開示を決定する権限を有するのは、本来、東京都公安委員会又は警視庁である。しかしながら、本件旅費支出命令書は、実施機関である知事(出納長室)が保管していることから、出納長は、作成機関の意向を尊重することとし、警視庁に対して、その開示の適否につき照会したところ、本件開示請求に係る管外出張旅費の支出に関する一切の資料が開示された場合には、警察活動の実体が明らかにされ、又は推測されることとなり、都民の警察に対する信頼や協力が損なわれるおそれがあるとともに、関係者に不利益が及ぶおそれもあり、ひいては警察活動に支障を来すこととなるため、非開示を適当とする旨の回答を得た。

(三) 被告は、右(一)記載の事情に照らして本件旅費支出命令書中には本件条例九条四号に該当する情報が記録されていると判断し、それによれば右(二)記載の警視庁の回答は合理的であると認められるので、警視庁の自主的判断を尊重すべく、これを無視することは実施機関と警視庁との信頼関係を損なうことになるから、本件旅費支出命令書に記録された情報はすべて本件条例九条八号に該当するものと判断した。

二  原告

1  本件旅費支出命令書以外の本件開示請求の対象となる公文書が存在することは、次の点から明らかである。

(一) 企画課は、平成七年度の随時の協議等の飲食費の支出に関する公文書について、平成八年一〇月二八日付けで、非公開を適当と認める旨の要望書を作成しており、これは、当該文書の存在を前提とするものである。

(二)企画課の平成七年度の管外出張旅費の支出に関しても、被告はその答弁書において、本件旅費支出命令書に限定することなく、管外出張の目的、用務、出張の期日等が記載された一切の資料について、本件条例九条四号該当性を主張しており、これは、当該文書の存在を前提とするものである。

また、出納長室は、東京都の出納の責任ある部局として、職務上の権限により、出納の適正を確認するため収支命令者に返付した文書を取り寄せ審査することができるはずであるから、かかる文書は、なお実施機関たる出納長室において管理している文書というべきであり、出納長において審査中であれば開示対象となるが返付した後には開示の対象とならないとすることは、自治体住民に開かれるべき情報を請求時の審査状況という偶然に委ねる不当な解釈というべきである。したがって、平成七年度の管外出張旅費の支出に関する旅行命令簿及び旅費請求内訳書兼領収書も、被告が管理している公文書というべきである。

2  そこで、原告としては、本件開示請求に係る公文書がすべて存在するものとして、その開示理由を述べる。

(一) 本件条例九条四号の文書とは、覚せい剤原料輸出入許可証交付簿、猟銃等製法事業許可書、捜査関係事項照会及び回答書といった、犯罪の予防、捜査にとって重要であったり、公共の安全と秩序の維持に具体的な支障を生じさせるおそれがある文書を指すのであって、本件開示請求に係る公文書はこれに該当しない。

また、民主的理念を基調とする警察の管理と運営を保障する(警察法一条)ためには、警察の管理と運営をできるだけ一般市民に可視的にしておくことが求められるところ、企画課の管外出張旅費に関する情報は犯罪捜査に関係のないものであり、本件開示請求の対象文書の公開が個々の犯罪捜査の密行性を妨げるものでもなく、仮に、そのおそれがあるというのであれば、被告において、それを主張、立証すべきである。

なお、本件旅費支出命令書についていえば、会議又は通信機器の設置、補修のための管外出張の日が明らかになったとしても、公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれはなく、また、支出命令書の体裁に照らしても、極めて簡単に表記されている件名によって判明する情報は本件条例九条四号が予定するものには該当しないというべきであり、警視庁が当然に行っているべき情報の管理体制を前提とすれば、本件旅費支出命令書を開示したからといって、被告が主張する「支障が生ずるおそれ」はないのである。

情報公開においては、公明正大な経理処理と個々の犯罪捜査の密行性の必要とを両立させなければならないのに、被告の主張は、後者のみを強調して漠然とした捜査への支障のみを優先させるものであり、警察法一条にも反するものである。

(二) 本件条例九条八号に規定する「関係当事者間の信頼関係が損なわれると認められるもの」とは、「公にしないことを条件に任意に第三者から提供された情報のように、開示することにより、東京都と第三者との間における信頼関係が損なわれ、それ以降における情報収集や相手方の理解協力を得ることが困難になり、あるいは、約束違反の責任が追及され損害賠償の原因等となるおそれがある情報」を指すものであり、ここで保護しようとしている信頼関係は、東京都に対して任意に情報を提供した第三者との間のそれであり、普通地方公共団体の内部の機関相互の問題ではなく、予算の執行について公金を使用する機関と出納機関との信頼を論ずるものではないのであって、被告と警視庁とは本件条例九条八号に規定する「関係当事者」には該当しない。

第四  当裁判所の判断

一  本件旅費支出命令書以外の本件開示請求の対象となり得べき公文書の存否について

1  前記のとおり、「随時の協議等の飲食費」とは「個々の事業の円滑な推進を図るため、主として意思形成過程などにおいて、随時に協議、打合せ、情報交換等を行う際の飲食に要する経費」とされているものであることについては、当事者間に争いがなく、証拠(乙第四号証、第一一号証、第一三号証)によれば、右の随時の協議等の飲食費の支出はなく、これに係る資料も存しなかったことが認められる。もっとも、弁論の全趣旨によれば、本件開示請求に先立って原告がした本件と同様の公文書開示請求に関して、企画課長が副出納長に対して行った平成八年一〇月二八日付け回答は、平成七年度の随時の協議等の飲食費に関する公文書の存在に言及することなく、一律に非開示を相当とするものであったことが認められるが、そもそも、右回答は、原告の「出納長室保管の警視庁企画課の九五年度の管外出張旅費、随時の協議等の飲食費の支出に関する一切の資料」の開示請求に対して、基本的に開示に応ずるべきではないとの立場から作成されたものであると椎認され、実施機関において特定した個別的文書の開示の当否に対する意見ではないから、この回答をもって、右認定を覆すには足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 平成七年度の管外出張旅費に関する本件旅費支出命令書以外の公文書が既に会計課長に返付されていることは当事者間に争いがないところ、本件開示請求においては、開示を求める公文書の範囲につき「出納長室保管の」という限定を付していることからすれば、本件条例二条二項に規定する実施機関の「管理」の意義を検討するまでもなく、会計課長に既に返付されている右各文書は本件開示請求の対象たる文書に該当しないものというほかない。

二  本件旅費支出命令書の本件条例九条八号該当性

本件条例九条八号は「監査、検査、取締り、徴税等の計画及び実施要領、渉外、争訟、交渉の方針、契約の予定価格、試験の問題及び採点基準、職員の身分取扱い、学術研究計画及び未発表の学術研究成果、用地買収計画」と並列して「その他実施機関が行う事務事業」を掲げ、さらに、これらに関する情報のうちで、開示することにより不適切な事態を生ずるような情報を開示しないことができるとし、その不適切な事態として、「当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの」、「特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの」、「大学の教育若しくは研究の自由が損なわれるおそれがあるもの」、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの」、「都の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」のほか、「関係当事者間の信頼が損なわれると認められるもの」を規定する。

ところで、本件旅費支出命令書に記録された情報をもって、同号に規定する監査、検査、取締り等の事務事業に関する情報ということはできず、本件旅費支出命令書に係る出納事務をもって実施機関が行う事務事業と解しても、本件旅費支出命令書に含まれる公金の支出に関する情報を開示することによって出納事務の目的が損なわれるものということはできない。

また、本件旅費支出命令書に含まれる公金支出に関する情報が単なる出納に関する情報に止まるときは、公金支出の正当性に関する資料というべきであるから、これを開示することにより関係当事者間の信頼が損なわれると認められるものに該当するということは困難である。もっとも、公金支出に関する情報であっても、それが単なる出納に関する情報に止まらず、他の自治体事務に関する情報としての性質を有し、当該情報を開示することが、当該他の自治体事務の遂行の障害となるときは、この点を考慮することなく実施機関が文書の開示に応ずることが関係当事者間の信頼を損なうという事態も想定できないではない。しかし、本件条例の趣旨に照らせば、開示請求の対象となる公文書については、非開示の事由がなければ開示すべきものとされているのであるから、右の事情を理由として非開示の決定をする実施機関としては、当該情報が単なる出納に関する情報であることを超えて本件条例九条各号に規定する非開示事由に該当することを明らかにすべきものというべきであり、所管部局の非開示の意向をもって関係当事者間の信頼を論ずるべきものではない。

右によれば、本件旅費支出命令書を非開示とした処分の適法根拠としては、本件旅費支出命令書に含まれる情報がそれ自体において本件条例九条各号に規定する非開示事由に該当することを要するものというべきである。なお、このように解するときは、本件条例において実施機関とされていない部局において作成された公文書も開示請求の対象となり、また、当該事務を所管しない実施機関において非開示事由の該当性を主張、立証すべきことになるが、本件条例が実施機関以外の機関の作成文書を非開示とする趣旨であれば、開示の対象となるべき公文書の範囲から実施機関以外の機関の作成に係る公文書を除外しておくべきところ、本件条例では、実施機関の管理する公文書である限り開示請求の対象となるのであるから、実施機関以外の部局において作成された公文書も、実施機関の管理するものは、開示請求の対象となるものというほかなく、また、当該事務を所管しない実施機関において非開示事由の該当性を主張、立証すべしということは、実施機関において所管部局との意思疎通を図り、公文書の開示請求に応答すべきことにほかならないのであり、これも、本件条例の予定するところというべきである

三  本件旅費支出命令書の本件条例九条四号該当性

証拠(乙第一四号証の二、第一五、第一六号証)によれば、本件旅費支出命令書は四枚存在し、その内訳は、会議出張に関するもの二枚、通信機器の配置、運用、修理等に関するもの二枚であること、そして、右会議は、警察運営に関する全国レベルの会議であること、通信機器の配置、運用、修理等に関する出張の多くは旅費の支給を伴わない公用車利用によっているが、右二枚の旅費支出命令書に係るものは、公用車利用で賄えない管外での通信機器の配置、運用又は修理を目的としたものであることが認められる。

ところで、警察の業務が警察規制を物理的かつ強制的に実現するものであること、その結果、その相手方となる者の反発、反感を招きやすく、また、一般の市民生活においては関心を呼び起こさないような些細な情報であっても、犯罪を実行し、又は実行しようとする者にとっては貴重な情報であるとともに警察機能の上からは秘匿を要する情報が存在することは容易に想像できるところである。

そこで、まず、通信機器の配置、運用、修理等に関する支出について検討するに、通常、右の支出は旅費支出を伴わないものであるのに、二件については特に管外出張旅費が支出されたということからすれば、当該支出は比較的稀な通信機器の配置、運用、修理等、に関するものということになるから、その内容、時期及び場所(東京都からの距離)を推測させる情報を開示するときは、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあるということができ、当該支出に関与した者の特定を可能とする情報も警察活動の右特殊性を考慮すれば、これについても同様の支障を認めることができるというべきである。

次に、会議への参加のための旅費支出をみると、会議の概要等は不明であるが、その回数が二回であること、目的が全国レベルの問題を扱うものであることからすれば、警視庁管内の特定の犯罪の捜査に関するものではないことが推認されるし、また、会議の概要が明らかにされない状況では、当該会議の開催という事実が開示されることにより公共の安全と秩序の維持について生ずる支障の程度も明らかではない。しかし、広域にわたる重要犯罪に関しないものは開示することとしたときは、複数の会議に関する参加旅費の支出のうち開示されないものは広域にわたる重要犯罪に関するものであることを明らかにする結果となり、そのこと自体が一定の捜査情報を提供することにもなる上、本件条例九条四号は犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずる「おそれ」をもって非開示の理由とし、その顕著性を要件としていないことからすると、会議への参加のための旅費支出についても、その内容、時期、場所、関係職員を特定する情報を開示するときは、犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれを否定することができない。

この観点から検討すると、本件旅費支出命令書に記録された情報のうち、「支払形態」、「組織名、支出命令番号」、「年度」、「会計、款、項、目、節・細節」、「出納長室」、「精算整理番号」、「執行済」欄下の「番号」の各欄の記録、「金額」欄下方の欄に記載された支出件名、「金額」欄右方の欄の各記録及び「事業執行課」欄の課名の記録は、開示することによって、出張の時期及び出張の場所を推認させるものではないから、これらを開示しない理由はないというべきである。しかし、その余の、受付印の日付、表題部欄左に記載される出力年月日、「発行年月日」、「支払予定年月日」、「債権者支払予定」、「執行済」、「審査登録」、の各欄の記録及び「金額」欄下方の欄に記載された請求、領収年月日の記載は、各支出ひいてはその原因となった出張の日時に関する情報を含むものということができ、また、「金額」欄記載の金額、同欄下方の欄に記載された請求金額は、通常定額で算定される旅費を表示することになるから、東京都から出張先までの距離を推測させる資料となり、同欄下方の欄に記載された支出内容、予算残額は、警察活動の内容に関する情報というべきであり、その余の記載は担当職員を特定する情報ということができるから、これらを開示しないという範囲で本件決定は適法というべきである。

第五  結論

以上によれば、本件旅費支出命令書以外の公文書はそもそも存在しないか、被告において保管しないものであって、本件開示請求の対象とならないので、これらの開示を求めて本件決定の取消しを求める訴えは不適法であるから、これを却下することとし、また、本件決定のうち、本件旅費支出命令書の記録中主文二に掲記した部分を開示しないとした部分は違法というべきであるが、その余の部分を開示しないとした部分は本件条例に反するものといえないから、前者についてはその限度で原告の請求を認容し、後者については、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官團藤丈士 裁判官水谷里枝子)

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